禁断の林檎-after-





どのくらいの間、暗闇で抱き合っていただろうか。
ふと自分の足元へ視線を落とし、美咲は首を傾げた。
(――素足?)
そのまま膝まで視線でたどるが、布地が見当たらない。更に視線でたどっていくと、やっと布地が見つかった。太ももの上に、白い布地が。
改めて自分の姿を検分し、今度は硬直する。
(・・・下着を着てない?一応シャツは着ているけど・・・これは・・・)
「あ、それ俺のシャツ。鮎沢の服はは今洗濯中だからもう少し我慢してね」
そう言う碓氷の姿を改めて確認すると、かろうじて下は着ているものの上半身は何も身につけていない。
(この状態で、あんなに密着してたのか・・・!?)
みるみるうちに頬が熱くなり、顔が赤くなっているだろう事がわかった。
何か羽織る物がないかと視線を彷徨わせるが、生憎何もない。唯一体を隠せそうな毛布の上には碓氷が座っており、引き寄せるには碓氷にどいてもらうしかない。
だが、毛布の上から降りるという事は体を離す事で、体を離すという事は今の自分の姿が見られるという事で・・・。
それにそもそも、自分で服を脱いだ記憶はない。このシャツを着た覚えもない。
ついでに言うなら、髪が濡れているようだが風呂に入った覚えもない。
だらだらと冷や汗が背中を伝う。・・・まさか。
「あの、碓氷さん。ちょっとお伺いしたい事があるんですけど・・・」
「何かな?鮎沢さん」
緊張のあまり敬語になりつつも意を決して問いかければ、爽やか過ぎて逆に嘘くさい笑顔で返される。
何となく、碓氷の背後にキラキラしたものが舞っているような錯覚に襲われた。
こいつやっぱり、人間じゃない・・・などと考えつつ、先程の疑問を口にする。
「あのですね、私の服を脱がせて、風呂に入れて、ついでにこのシャツを着せたのは・・・どなたですか?」
「ああ、あんまり見てないから大丈夫。安心してv」
「語尾にハートマークをつけるな!!そんで一体どのへんが大丈夫なんだよ!?ってかやっぱりお前が・・・!!」
動揺のあまり、碓氷の言葉のどこから突っ込んだらいいのかすらわからなくなってくる。はっきりしているのは告げられた内容全部が問題だという事実だけだ。
風呂にまで入れられたという事は、つまりは裸を見られたという事で。
羞恥のあまり張り上げた声が震えているのが自分でもわかる。
正に「穴があったら入りたい」という言葉を現実にしたような状況だ。
「だって、すごく汗かいて寝苦しそうだったしさー。一応悩んだんだけど・・・。起こすのもなんか可哀そうだったし?」
頼むから起こしてくれ!!と叫びたかったが、頭に血が上ってしまい声にならない。パクパクと空しく口を開閉させるばかりだ。
そして美咲の脳裏を過るもう一つの疑問。いつ、汗をかくような事をしたのだろうか?
雅ヶ丘であの男に言われた内容はぼんやりと覚えているが、何をしていたのかは正直全く覚えていない。碓氷が来てくれた事も一応記憶にはあるが、その時の状況は今もほぼ理解できていないのが現実だ。


「・・・鮎沢、雅ヶ丘での事覚えてないの?」


まるで思考を読んだかのような碓氷の質問に頷くと、「そう」と低く呟かれる。
一瞬、碓氷の視線が鋭くなったような気がして美咲は身を竦ませたが、続く暢気な言葉にその感覚は霧散した。
「暑かったんだよ」
「は?暑い?」
「そう。あの部屋すごく暑かったんだよねー。暗示かけるのに何か必要だったんじゃない?俺も汗かいちゃったからシャワー浴びて着替えてきたんだし。・・・でも、勝手に着替えさせたりしたのはやりすぎだったよね。ごめんね?」


酷く落ち込んだような表情で謝られ、美咲は慌てた。
確かに死ぬほど恥ずかしい思いはしたが、危ないところを助けてくれたのは碓氷なのだ。あの時の状態はあまり記憶にないが、碓氷が来てくれなかったらまた変態ごっこに付き合わされていた可能性は高い。
「いや、確かにちょっと風呂まで入れられたのはやりすぎだし起こして欲しかったけど・・・私の為を思ってやってくれたんだろ?それに、雅ヶ丘まで助けに来てくれたんだし・・・。ありがとな」
俯いた碓氷の頭を撫でていると、大型犬を飼っているような気分になってくる。
(こいつも可愛いとこあるよな・・・)
よしよしと撫で続けていると、碓氷がちらりと上目遣いでこちらを見上げてくる。その背後に犬の幻が見えたような気がして美咲の頬が緩んだ。
・・・と同時に気が緩んだのか、「ぐぅ」と体が空腹を主張した。




素直な美咲の体に小さく笑いを漏らし、碓氷は立ち上がる。
考えてみれば、昼食後何も口にしていない上にあれだけのトラブルに巻き込まれたのだ。空腹でない筈がない。
「鮎沢に色々話したいこともあるけど、まずはご飯にしよっか。すぐに準備するからちょっと待っててね」
そう美咲に声をかけ、毛布を羽織らせた上で碓氷はキッチンへと向かった。
「消毒も必要だけど、夜はまだ長いしね・・・」
最後にぼそりと低く呟かれた言葉が美咲に届く事はなく。





今夜、自分が寝る事になる場所と、大型犬のようだと思った相手が実は狼だったという事を美咲が知るまで――あと数時間。





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