きっかけは、些細なこと。
叶から借りたゲームで、どちらが高得点を出せるか?という勝負をする事になった。
そして、ただ勝負をするだけではつまらないから今晩のチャンネル選択権を賭けようと言い出したのは碓氷。
普段あまりそんなものに執着する奴じゃなかったから、珍しいとは思ったのだ。
でも、そんな事もあるか、と軽く受けてしまったのだ。
・・・もっと深く考えるべきだった。
死ぬほど後悔する事になったのは、碓氷が「是非一緒に見たい」と言う番組が始まった時だった。





策略と口実1





見たくないのに、目が離せない。
何故なら、状況がわからずに声だけが聞こえる方が余程怖い気がするから。
(それにしても、なんでこいつら夜に行動するんだ…!昼間に行けばいいだろう!?)
そんな事を考えていると、画面の中の視点が変わって登場人物の後ろからの視点に切り替わった。
そして、登場人物の背中に伸ばされる無数の白い手が画面に映り込み・・・
(ほら、後ろだって!なんで気付かないんだよ!?)
焦る私の事なんかお構いなしに(当たり前だが)、登場人物は全く気付かない。
そしてその手は肩に伸ばされ・・・
「ねえ」
「〜〜〜っっ!!」
白い手が画面内で肩を掴むのと同時に自分の肩を掴まれ、悲鳴を上げ・・・る事すらできなかった。
一瞬にしてパニックになり、肩に置かれた手を払いのける。
それでもしつこく白い手はこちらに伸びてきた。
「やっ・・・!!」
更に払いのけ、ソファーの上で後ずさるがすぐに背中に肘置きが当たってしまい、逃げ場を失ってしまう。
恐怖にかられてきつく目を閉じていると、何か話しかけられている事に気が付いた。
聞き慣れた声に恐る恐る瞼を持ち上げると、心配そうな碓氷の顔が目に入る。
「ごめん、あんまり怖がってたから、もう観るのやめようって言おうかと思って声かけたんだけど・・・」
申し訳なさそうに言われ、はっと我に返る。
いつの間にかTVの電源は落とされ、画面にはもう何も映っていなかった。
恐らく碓氷が消したのだろう。
不覚にも浮かんでしまった涙を拭い、動悸を落ちつけようと深呼吸を繰り返す。
とんだ失態だ。
ゲームで負けて条件を提示された時、それでも構わないと虚勢を張ったのは自分なのに。
心構えをしていたにも関わらず、突然かけられた声でパニックに陥ってしまった。
「お前、いきなり声かけるなよ・・・。驚くだろ!!」
気恥ずかしさをごまかそうと碓氷に文句をつけると、ごめんと謝られた。
「わっ、わかればいいんだよ・・・」
ちょっとは反論してくれれば何か言い返して気を紛らわせる事ができるのに、素直に謝られると何も言い返せない。
もごもごと口の中で文句を呟いていると、ふと机の上に置いた時計が目に入った。
「嘘だろ・・・もうこんな時間!?明日は1限目から講義があるのに・・・!!」
テレビを見ている間に思ったより時間が経過してしまっていたようだ。
慌てて立ち上がると、風呂場へと向った。




昼間のうちに掃除はしておいたから、あとはお湯を張るだけで入る事が出来る。
風呂場の電気のスイッチを入れ・・・硬直した。
――電気が、つかない。
何度かスイッチを入れ直しても、全く反応はない。風呂場は暗いままだ。
「なんで・・・」
「あー、ごめん。そういえば電球切れちゃったんだよねー。今日交換用のやつ買おうと思ってたのに忘れてた」
ごめんごめん、と繰り返しながら碓氷は風呂場へと入りお湯を溜め始める。
「まぁ、脱衣所の電気つけておけば手元くらいは見えるし・・・今日だけ我慢してね?」
にっこりと笑いかけられ、顔から血の気が引くのがわかった。
この暗さで、風呂に入れと?あんなのを見た後で?
「お前・・・嵌めやがったな!?」
「人聞きが悪いなぁ。忘れてただけだよ」
「嘘つけ!!」
「ひどいなぁ・・・。で?ミサちゃんは一人でお風呂入れるの?」
「〜〜っっ!!」
入れると虚勢を張るのは簡単だ。だが、自分でもわかっている。
――入れる訳がない。
「俺も一緒にお風呂に入りたいなーって思ってるんだよねー。これって利害関係の一致だよね?」
相手の策だとわかっているのに差しのべられた手に縋る事は癪だが、「一緒にお風呂に入ってください」などと言わされないだけマシだろう。
恐らく碓氷も少しは罪悪感を感じているに違いない。そうでなければ、絶対に言わされている。
今日は日中買い物にも出かけたし、お風呂には入りたい。
そうとなれば、選べる道は一つしかなかった。








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